宗教の垣根を越えて、集い、対話、平和を祈る『比叡山宗教サミット39周年「世界平和祈りの集い」』に参加する
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いろり端

特集「一隅を照らす」

宗教の垣根を越えて、集い、対話、平和を祈る『比叡山宗教サミット39周年「世界平和祈りの集い」』に参加する

【2026年8月4日参加】
毎年8月4日、宗教・立場・世代を越えて比叡山に人々が集い、それぞれの宗教儀礼で平和の祈りを捧げる比叡山宗教サミット「世界平和祈りの集い」が執り行われます。

1986年10月、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の呼びかけにより、イタリアのアッシジに全世界から宗教者が集い、平和の祈りが捧げられた「世界宗教者平和の祈り集会」。
この集いの「宗教の原点である祈りを通して平和への誓いを新たにする」という「アッシジの精神」を受け継ぎ、1987年8月より毎年比叡山にて世界平和の祈りが捧げられてきました。

2026年に39周年を迎えた比叡山宗教サミット「世界平和祈りの集い」。
今回、学生たちが比叡山宗教サミットに参加する機会を頂き、8月の比叡山を訪れました。

◆世界平和の祈り、志を持つ宗教者が比叡山に集う

澄み渡る青い空、鮮やかな木々の緑。
夏の日差しが照らす比叡山の山上に、力強く鳴く蝉の声が満ちます。
今回の比叡山宗教サミットの参加にあたり、自分にとっての平和とは何か、平和のために自分にできることは何か、平和を目指す上で祈りとは何か、これまでの経験や現在学ぶ学問に基づく様々な視点からワーキングを重ねてきた学生たち。

比叡山宗教サミットの開式時刻が近づくとともに比叡山に集う約450名の方々。
世界平和の志を持つたくさんの方々の熱意に、学生たちも胸を高鳴らせながら、開式を待ちます。

午後1時、比叡山宗教サミット39周年「世界平和祈りの集い」が始まりました。

◆「平和は祈りと対話を続ける勇気が支える」相手を尊重し、理解し、対話を深める

最初のプログラム「平和の式典」。

今回、1987年8月に行われた第1回目に当たる『比叡山宗教サミット「世界宗教者平和の祈りの集い」』で事務局長を務められ、長年対話に基づく宗教協力による平和推進活動に尽力されてきた、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会会長の杉谷義純師による講演が行われました。

「本日は『平和は祈りと対話を続ける勇気が支える』という演題でお話しさせていただきます。なぜ比叡山で本日のような集いが行われているのか、この集いがどのように時を刻んできたのか、そして来年は40周年の年、これから先どのように継承していくのか、皆様と共に考える時間にしたいと思います。」

「もともと宗教というものは、人々の心を落ち着かせ、仲良く共に自分の生きがいを感じながら人生を全うするために生まれたものであると私は考えています。しかし、宗教の歴史というものは戦争の歴史でもあったという皮肉な結果も生んでいます。」

「欧州の宗教戦争として、ヨーロッパ全体が割れて戦った三十年戦争というものがあり、この戦争の際に結ばれた条約がウエストファリア条約になります。この条約が結ばれた後、政治と宗教が分離をしたと言われておりますが、実生活や各国を動かしている根幹部分は宗教そのものであり、その後の争いもなかなか消えませんでした。」

「このような状況の中で、宗教間の争いをどのようにして乗り越えていくべきか、諸宗教がお互いの宗教を認め合い、お互いを知り、そして争いに至らない方法がないか、多くの方々が考えるようになります。そして、宗教間で話し合い、交流を行っていくという考え方が生まれてきました。」

「1893年、シカゴ万博において『万国宗教会議』が開かれました。この『万国宗教会議』が公式に諸宗教が出会った場でした。当時の記録を見てみますと、実際のところ、世界の様々な宗教を紹介しただけにとどまったようですが、世界にはどのような宗教が存在し、その宗教は何を考え、どのような主張をしているかということを同じ空間を共にしながら、皆で共に聞くという場であったそうです。一般の方々も含めて、同じ空間で様々な宗教について比べて聞くということができた場ということですから、諸宗教の出会いの始まりであると思います。」

「その後、少しずつですが、様々な宗教の中で、自分たちの宗教だけではなく、他の宗教が何を信じ、何を行っているのか見聞を広める必要があるという考え方が生まれていきました。この動きの中で一番大きな影響を与えたのが、1962年から1965年にかけて行われた『第2回バチカン公会議』になります。」

「この『第2回バチカン公会議』では、公式に世界の諸宗教に対して開かれた姿勢をとる必要性が議論され、キリスト教以外の諸宗教と交流する事務局が設置されました。このことは世界的な反響を呼び、諸宗教の交流にも刺激を与え、宗教の垣根を越えて話し合いを進めていこうという動きが出てきました。」

「この動きにより1970年に日本で開催されたのが、『世界宗教者平和会議(WCRP)』になります。様々な宗教で協力をしたらもっといいことができるだろう。世界の諸宗教の代表が集まり、平和や人権、人間が直面している問題について考え、互いに切磋琢磨しながら、宗教が人類のために奉仕できるようにという考え方から開催されました。」

「その後、世界宗教者平和会議(WCRP)をはじめとする様々な組織が設立され、互いに協調し、心ある宗教者が平和のために何ができるかということを行ってきました。このような動きの中で、1986年10月、イタリアのアッシジにて開催されたのが、『世界宗教者平和の祈り集会』でございます。この『世界宗教者平和の祈り集会』は、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の呼びかけにより、世界の諸宗教の代表者が集い、平和の祈りを捧げました。」

「当時の日本では、先程申し上げた世界宗教者平和会議や世界連邦日本宗教委員会など、世界に先駆けて諸宗教が集い、協調し、様々な活動を行っていました。そこで、日本でこのような活動をしているのであるならば、日本において世界の宗教者に集まっていただき、共に祈る集いを行ってはどうかと準備を進めていた時でした。」

「ですから、『世界宗教者平和の祈り集会』の開催が発表された時、私たちは非常に驚きました。決して平和を祈るためにどちらが正しいか、どちらが先かなどと手柄争いをするわけではありません。『諸宗教が集い、平和を祈る。』世界でこのような動きがあるのだから、共に行うことが良いのではないかということで、アッシジでの『世界宗教者平和の祈り集会』の精神である「宗教の原点である祈りを通して平和への誓いを新たにする」を継承して、1987年8月、第1回に当たります『比叡山宗教サミット「世界宗教者平和の祈りの集い」』が開催されたのでございます。」
比叡山宗教サミット20周年の際にワールドピースベル協会より寄贈された、世界のコインから鋳造された「世界平和の鐘」

「第1回比叡山宗教サミットの開催に向けて、様々な宗教の方々が集い、何度も話し合いを行いました。諸宗教が垣根を越えて集い、どのような形で祈りを行うのか、定まるまでは大変なこともありました。しかしながら、何度も顔を合わせて話し合うことで、お互いの考えや大切にしていることが分かってきます。このような対話を重ねたからこそ、お互いに信頼が育まれ、共に頑張ろうという気持ちが生まれ、比叡山宗教サミットが開催することができました。そして、今日まで続く集いになったのだと思います。」

「平和を考える場合に最も大切なのは、お互いに相手を知ることだと私は思います。
自分が正しいと固執するのではなく、多元主義の考え方のように、様々な考え方があるということを基本に考えていく、そのためには対話を重ねていくことが重要であると思います。」

「そして、対話を重ねていくためには、お互いを対等として認め合うことが大切なことの一つです。子供は子供、大人は大人、青年は青年というより、それぞれから学び合う、対等に学び合える精神が重要です。そして、相手に敬意を持ち深い関心を持つこと。そうすることで、相手にも何か行うべき使命がある。その使命は自分が持つ使命と共通している部分があるのではないか。そして共にその使命を実現する方向を進んでいこうと、活動を通じて互いの理解を深めることに繋がります。」

「人と人が対話を重ね、互いに理解を深めていくことで、相手が信じていることは何だろう。それぞれどのような立場にあるのだろう。と宗教協力が始まり、その協力が平和への動きになるだろうと私は考えています。」

「そして、対話の先に祈りがあると思います。人間はやはり有限な存在であって、人間を越えた存在に対する敬意を抱き祈る。その祈りを通して、自分がいかに小さい存在であるか、いかに自分が助けられていたかなど気が付くことができます。そして、祈りによる気づきをもとに、相手の話に耳を傾け互いに理解を深めることに繋がるのだと思います。」

「対話と祈りを続けていくことで、人類が平和の方向へ動いていくきっかけが生まれるのだと思います。対話と祈りを忍耐強く続けていくことこそ、比叡山宗教サミットの根本の理念であると私は考えています。」

『対話』と『祈り』。
この言葉に込められているものは、相手のことを想い、尊重し、互いに理解を深めていくこと。
たとえ困難であっても、少しずつ、一歩ずつ自分にできることを行い、対話を続ける。
2026年に39周年を迎えた比叡山宗教サミットで継承されてきた理念と志に、心を動かされる学生たちでした。

◆梵鐘の音が比叡山に響き、それぞれの祈り方で平和を祈る

一隅を照らす会館前の「祈りの広場」に場所を移し、「平和の祈り」が行われました。

次世代を担う宗教者の方々により、第1回比叡山宗教サミットにて採択された「比叡山メッセージ」が朗読されました。

穏やかながらも麗しく、力強いその朗読は、比叡山に集い平和を願う方々に連帯を生み出し、山上に平和に対する人々の熱意が満たされました。
そして、午後3時30分、平和の祈りが捧げられる時間となりました。
天台座主猊下の御名代・堀澤祖門探題をはじめ、諸宗教の代表の方々が壇上へ集い、そして、山上に集う約450名の方々がそれぞれの祈りの方法で平和を祈ります。
しばしの静寂の後、比叡山宗教サミット20周年の際に寄贈された「世界平和の鐘」が鐘打されました。
「世界平和の鐘」の鐘の音が比叡山に響きます。
通常の梵鐘よりも少し高い鐘の音。
清らかさと柔らかさに満ち溢れる鐘の音が、比叡山に集う方々の平和に対する志や想いを支えるように、しばしの間山上に響きわたりました。

平和の祈りの力強さと穏やかさが満ち溢れる中、堀澤祖門探題により天台座主猊下のお言葉が代読され、世界仏教徒連盟のパロップ・タイアリー会長およびローマ教皇庁諸宗教対話省のジョージ・ジェイコブ・クーバカド長官よりいただいた平和のメッセージが読み上げられました。

2027年に迎える比叡山宗教サミット40周年にむけて、山上に集う人々はこれからも対話と交流を重ねていきます。

宗教や立場、世代を越えて語らう方々を穏やかに優しく包み込むように、柔らかなヒグラシの鳴き声が山上に響き、あたりは夕陽の温かな光に満ち溢れていました。

◆参加学生の感想

比叡山宗教サミットに参加し、私は杉谷義純師の若者に対して「自発性が大事である」という言葉が印象に残りました。歴史ある宗教をこの先も継承していくには若者に伝承していくことが重要であるが、私自身もそうであるように強制的に関わりを求められると抵抗が生じてしまうと思います。そこが伝承の難しさであるということが気づきであり、私は今、学生という立場であるからこそ同年代の友達にも抵抗感なく関わるきっかけを与えられるのではないかという、自分に出来ることを考える機会となりました。また、今回の宗教サミットに参加を希望したのも、世界平和や様々な宗教が同時に集まることに興味を持ったからであり、興味があることだからこそ沢山の学びを得ることができました。これらのことを受け「自発性」は興味から生まれるものであり、その「興味」は待つものではなく、持とうとする姿勢によって得られるものだと思いました。

また、世界平和についても「異なる国や文化、宗教に対してまず知ろうとすることが大切である」という部分が似ているように感じました。知らないことには抵抗感や否定的な意見を持ちやすいため、理解しようとする姿勢を身につけていきたいと思います。世界平和と聞くと大きなことに聞こえますが、こうした日常から意識出来ることから取り入れていこうと思いました。

私自身が意識を変えることで相手の意識を変え、その相手もまた誰かに良い影響を与えていくことで世界平和に近づき、いつか実現する日が来ますように。


立命館大学 4年

参加する前は、宗教という言葉に対して歴史上の対立や争いと結びつく印象を持つ部分もありました。しかし、今回のサミットを通して、宗教は人々を分断するものではなく異なる価値観を持つ人々が同じ思いを共有し、共に平和を考えるための大きな可能性を持っていることを実感しました。

特に印象に残ったのは、世界の宗教者が集まり同じ時間に同じ場所で黙祷していたことです。仏教・キリスト教・神道・イスラームといったそれぞれ異なる背景を持つ宗教者たちが、一つの場所(比叡山)に会した光景からは新しい考え方を学ぶことができました。

また、私は春学期の期間中、龍谷大学で宗教文化学や宗教学の講義を選択し宗教について学んでいましたが、今回の経験を通して、異なる文化や価値観を持つ人々が共に生きる現代社会において相手を理解しようとする姿勢や対話の重要性はますます高まっていると感じました。

宗教は人々を結びつけ、戦争をストップし、平和を実現するための抑止力になり得る。そのためには、自分とは異なる考えを持つ人々と対話を行い、祈りを捧げる姿勢が必要であると講演で学びました。今回得た学びを今後の大学での学修や新たな社会を見る姿勢へつなげていきたいと思います。


龍谷大学 2年