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いろり端

特集「一隅を照らす」

伝教大師最澄1200年魅力交流委員会委員
京都府知事

西脇隆俊さん

1200年以上、日本文化伝承の舞台となってきた京都。令和5年3月には文化庁が京都へ移転し、まさに「京都から日本文化を発信する」という取組が始まります。
京都府の西脇知事にはお忙しい中時間を頂戴し、大学コラボプロジェクト参加学生と文化伝承について語り合っていただきました。
(令和5年2月1日 ご訪問)

文化の伝承と文化施設の役割

― 私たちは伝教大師最澄1200年魅力交流委員会の活動で、これまでいろんなお寺を訪問させていただく中で、どのお寺に行ってもすごく伝統、文化財、あるいはお寺のそのものの保存といった、文化の伝承にとにかく苦労されているのを目の当たりにしてきました。京都府では、文化施設を自ら運営されていたり、運営団体を支援・バックアップしたりという形で、様々な文化継承政策をされていると思います。西脇知事ご自身はこの京都の文化継承の中で、文化施設がどういう役割を果たされていると考えておられるでしょうか。

(西脇知事)若い人が「箱物」に興味を持たれるのはなかなか珍しいですね(笑)文化施設にもいろんな種類があります。典型的な施設で言えば、博物館・美術館。京都には「文博」と呼ばれる京都文化博物館や京都府立京都学・歴彩館のように、行政によって運営されている施設があります。それから、裏千家さんが茶道の資料館を運営しているし、池坊さんがいけばな資料館を運営されています。伝統工芸ではほかにも西陣織会館などの民間施設もあります。さらに、劇場も文化施設です。南座は開業400年を迎え、修復されて最新鋭の設備になりました。そういう「見せる」っていうのは文化施設の重要な役割の一つです。
さらに、皆さんが訪問されている、社寺も非常に重要な文化施設です。京都の、日本の社寺は西洋の遺跡と違い外側が残っているだけじゃなくて、そこで今も営みが行われているというのが大きな特徴だと思います。
そのような全ての「舞台装置」となる文化施設が、重要な空間であることにまず間違いないですよね。それが、おっしゃるように保存・継承に非常に苦労されている、と。国の補助を受ける格の高い施設もありますが、多くは施設の方が自ら資金調達されています。自分たちで直さなければいけないから、基金や寄付を募ってできる限り修復していこうと。ただ、最近は自然災害も多くて、例えば平成30年の台風21号の時は平野神社の拝殿が崩れたし、下鴨神社の「糺の森」も木がいっぱい倒れ、御所の木も倒れました。木造の古い施設なんかは突発的な災害が起こると大変です。このように非常に苦労されている。税金だけじゃなかなか保存や修復をできないので、ふるさと納税とか、クラウドファウンディングとかの利用が増えています。「文化を継承する」ということに役立ちたいと思っている府民、市民の人は多いんですね。ですから、そうした人々の力を集めるということが大事ですね。

もう1つ、文化庁が3月27日に移転してきました。文化庁の中に文化財関係の部署があるのですが、この部署の活躍の場というのは、(国宝・重要文化財が多い)京都、奈良、滋賀、なんだそうです。つまり、より現場に近いところに皆さん来られるということです。国立の文化財の修理センターを京都に設置する構想もあります。これが実現すればお金もさることながら、ノウハウ・材料・人材といったものが京都に来るのは非常に大きいと思います。
ちょっと飛躍しますが、文化伝承のために一番重要なことは実は多くの人に関心を持ってもらうことです。関心を持ってもらい、文化施設に足を運んでもらえれば、拝観料・入場料などで維持管理のための資源も生まれます。VRの技術を導入するなど、見せ方の工夫も必要です。
そのように、文化施設はトータルに運営、維持管理していく必要があるのではないかなと思います。それが文化の振興・発展につながっていく。ですから、文化施設って非常に重要ですね。

文化の現場に足を運んでもらうために

― 我々もお寺に行った後に、特に若い人たち向けに、「現場に足を運んでほしい」という思いをもって、公式サイトやSNSで体験とか、そこで感じたことを発信しています。そのような「もう1度足を運んでもらうための広報」という意味では、文化庁の移転にどのような意義があるんでしょうか?

(西脇知事)もともと文化庁というのは、国の組織なので、京都のためだけに来るわけじゃありませんが、京都に文化庁が来ることによって、国の文化政策の新しい潮流が生まれ、それを全国に波及させることによって地方創生につなげるという大きな意義があります。
京都は「生活の中に文化が根付いている」と言われています。社寺だってそこで生活の営みが行われていますし、茶道・華道も単なるお稽古事じゃなくて、お祭りとか祭事と切っても切り離せないですよね。それから食とか和装とか、伝統産業も続いている。それを文化庁の人たちが京都の地で、地域の生活文化・地域文化により焦点を当てた政策立案をするんです。そういう素晴らしい地域文化は京都だけではなく全国にありますから、まずは京都から、全国に焦点を当てるような活動がなされることにおいては、移転の意義がありますね。
それから、広報という意味においてのいい例ですが、国際会議や学会を京都で開催すると参加人数がとても多くなるそうです。これは岸田総理も明確におっしゃっておられますが「京都から日本文化を発信する」ことで発信にも厚みが出るし、多くの人を巻き込むことができる。ですから、京都、尚且つ社寺などを舞台にして、さまざまな文化の取り組み、営みを行うことによって、より取り上げられるとか、足を運ぶ人が多くなるなどまさに広報そのものですね。文化の発信の舞台としては京都というのは大きな意味を持っているし、それは京都のためだけではなく、日本全体の発信力の強化につなげる。それこそ、文化庁が京都にきたことの意義は発信という面においては非常にが大きいのではないかと思っています。

京都府域の文化の魅力

―京都だけではなく様々な地域の文化を発信する、というお話がありましたが、どうしても今「京都の文化」というと「京都市内の文化」を想像してしまうことが多いのではないでしょうか。人口とか経済とか行政、観光の面でも京都市内に集中しているというイメージがあります。その中で、京都府では「もう一つの京都」というキャンペーンをされています。京都府域の文化の魅力について教えていただきたいということと、それをどのような形で発信していきたいかをお聞きしたいです。
(西脇知事)これは「京都市以外にも魅力がある」ということなのですが、「もう一つの京都」は、決して観光キャンペーンではなく、地域づくりのキャンペーンと考えていただきたいです。「海の京都」・「森の京都」・「お茶の京都」・「竹の里乙訓」と4つの地域があります。実はこれらの地域は、平安京よりもっと古い文化圏があったり、食の文化も地域ごとに特徴があったり、「茶の湯」という京都の文化を支えている地域であったりもします。重要なことは、京都市に対抗することではないのです。京都市以外にもとても魅力があるということです。
これは、一度でも足を運んでいただいた方には非常に実感してもらえると思います。天橋立で京都市内には5回も10回も訪れているという海外の方にインタビューしたところ、初めて天橋立を訪れた際に「どうしてもっと早く連れてきてくれなかったのか」と怒ってる(笑)。
今回のコロナの影響で近場への観光が見直されて、京都市内の人も含めて府域を訪れる人は増えています。「京都市内に行かないで」ではなくて、京都市内に来た方が、もう一泊、もうひと足延ばして府域を体感していただければ、と思っています。もちろん宿泊施設の整備などの課題はたくさんありますが、地道にやっていきます。それからインバウンドが京都市内に集中する、という問題を考えても、今後「分散」は非常に重要なキーワードになると思います。

持続可能な文化・観光政策

―先ほどインバウンドの話がありましたが、新型コロナウイルス感染症の流行によって、日本の観光業は大きな打撃を受けました。日本の文化が集積している京都も例外ではないと思うのですが、今後どのような施策をお考えになっているのでしょうか。
(西脇知事)コロナ禍になって一番早く影響を受けたのはおそらく京都の観光業だと思います。コロナ禍の直前まで多かったインバウンドがほぼ0になりました。国内の環境についてはようやく立ち直りつつあって、修学旅行等はほぼ戻ってきています。インバウンドについては、今まで一番多かった中国がまだで、国際航空便もまだ戻りきっていないなどの状況が続いています。けれど、アジアも欧米でも旅行雑誌などのアンケートで「コロナが明けて一番行きたい国」は日本が一番だそうです。そのため、いずれインバウンドは戻って来ると我々は予想しています。ただし、コロナ前の水準に戻ってくる時にどういう戻り方をするのかを考える必要があって、私自身は「持続可能な観光」ということが重要であると思っています。つまり、ただ来て、「映える」場所を撮るだけ撮って、慌ただしく帰っていくのではなくて、地域の方と交流するとか、文化を体験するとか、一過性のものではない、後々もその関係性が続く観光です。京都は、ずっと観光地と言いながら、実は定住する人も多いのです。商売する方、研究開発の方、留学生、皆さんのような学生さんも、要するに京都に来てみて気に入ったから、勉強してみようとか、働いてみようとなるんです。修学旅行がまさにそうです。修学旅行で見た舞妓さんに憧れてなっている人が現実にいるんですよ。そのため、このような地に足のついた観光政策をすべきだと思います。

それから、最近の土曜、日曜の祇園界隈や嵐山の雰囲気を見てると、明らかに日本人で、比較的年齢層の若い人たちが増えています。それは今までの京都の観光層ではない可能性もあるので大切にした方がいいと思っています。コロナ禍の前は「着物を着ていたら外国人」と思うくらいインバウンドの方が多かったんですけど、今はそうではないんです。日本の若者たちが、着物を着たりして文化を体験してくれています。もちろん、インバウンドの方でかなり長期滞在してる人が京都には結構おられ、そういう方も日本の文化にも親しんでおられます。このような動きを大切にして、息の長い持続可能な観光にしていく努力が必要であると思います。

人々の生活と文化創出

―今までのお話の中で、コロナ禍のお話がたびたび出てきています。そのような、時代を激変させてしまうような出来事が京都の1200年以上の歴史の中はたびたびあったのではないでしょうか?その中で京都の人々は文化を創り出して、そして今日まで伝えられて来られたと思います。そこには、知事がおっしゃられていたように「京都の文化は外側だけじゃなく、そこに営みがある」という面はとても重要なんだと思います。これからの未来に向けて、受け継がれてきた文化を、どのようにして伝承させていくのか、人々の営みを重要視して、文化を育てるような場をどのような形で、将来的に行っていこうというふうに知事は考えておられますか?

(西脇知事)なかなか格調高い質問をして来られますね(笑)
例えば、京都には世界遺産に認定された社寺が複数あります。そのうち、金閣寺というのは一回焼失して再建されているので、実は遺跡ではなく新しいものだ、と言われたりもするわけです。でも、実は古さが評価されたわけじゃないのです。同じものを、もう一度作れる人材と技術と材料と、それがトータルで評価されました。やっぱり最終的には文化は「人」だと思います。

だから、今、人口減少とかで担い手不足になっていますから、そのあたりどうやって活力のある方を集めるか。文化だけではなくて産業政策も同じで、外から非常に優秀な人材をどれだけ京都に呼び込んでくるのか、ということが非常に重要な視点ですよね。たとえば府域のある地域ではお祭りの担い手が、移住してきた方の子供さんになっているという事例があります。今までは地域の人が「守らにゃ守らにゃ」と思って苦労していたけど、実はそうじゃない。良さをわかるのは地域の人だけじゃない。そのように、もともと、京都はいろんな方が来られて、その人たちが語り継いでいくという部分はあったんですよね。
先日わかったことですが、西陣織の技術の伝承者が高齢の方一人しかいない。でもこれからは3Ⅾプリンターでできることが分かったと。もちろん、それでは値打ちもないし、最後は糸調整も人の手でしなきゃいけないかもしれないけども、時代は変化してきているんですよね。考えたら西陣織って明治以降にジャガードが入ったことで復活している。京都の産業って、ずっと昔ながらのことをやっていたわけじゃなくて、技術革新をその都度してきている。それに、マーケットだって海外市場の富でできていて、京都の産業の基盤を作ってきた、みたいなことがありますよね。京都の伝統というのは「革新の連続」だと言われていて、新しい流れに沿った形でいろいろな工夫がなされています。

まあ、基本はやっぱり技術を人がどれだけ継承していけるのかということなので、やっぱり人材の育成が非常に重要です。文化伝承のためには失われちゃいけないものがあるわけですよね。けれど、今と同じやり方をずっと続けるわけじゃない。今はたくさん分業していますが、一人で複数の工程ができるようになるとか、いろんな新しい技術を使うとか、商慣習を見直すとか、どんどん工夫していく余地はあるのです。工夫することによって、引き継いでいくということです。

人材面でもいろんな分野で多くの担い手がおられたり、若い人でも興味を持っている人はいっぱいおられたりするそうです。これからも、そういう人が入りやすい垣根を払うみたいな活動は必要になってくるのではないかと思います。でも、その意味では京都は優位な立場にあります。「京都」って言うと全国からみんな来るし、注目も集まるし。それだけのポテンシャルがあって人も資金も集められるということなので、その立場を最大限生かしていけると。文化庁が来ることも1つの象徴的なことではないか、非常にいいことではないかなと思っています。
<取材を終えて(参加学生より)>
お忙しい中時間を頂戴できて本当によかったです。知名度が高く、国際会議などにおいては発信力が非常に強いということが印象に残りました。京都市中心部だけではなく、京都全域の文化・魅力を愛情持って語っておられ、楽しく感じました。観光においても、国際的な発信については京都がお手本ではないか、と考えていました。コロナ後大きく形を変えていく中で、「持続可能な観光」というお言葉が出てきて、また京都らしさを大切にされていくのだということを感じました。

知事は「人の営みも含めて文化」というようにおっしゃっておられましたが、「人々の生活の営みの中に文化の本質がある」ということを私たちもこの活動を通して強く感じてきましたので、そうした人々の生活の営みにも重点をおいた文化の発信を気を付けてやっていきたいと思いました。
改めて、「人づくり」というのが文化を伝えていくうえで大事なのだということを感じました。文化施設があると、どうしても文化が継承されている気になってしまうのですが、人の大切さを改めて強く感じることができました。

西脇知事 ありがとうございました!

インタビューの様子は映像でも公開しています
https://youtu.be/PITr3yKwrDg