
特集「一隅を照らす」
約45年ぶりにご本尊・胎蔵界大日如来坐像が御開帳されている「平泉寺」を再び訪ねる
【2025年6月6日訪問】
第12番札所である平泉寺においても約45年ぶりにご本尊・胎蔵界大日如来さまが御開帳されております。
期間は2025年5月1日(木)~2025年7月31日(木)。
ぜひお参りください。
1981年以来、約45年ぶりに御開帳されている胎蔵界大日如来坐像を参拝する

難波良淳師は学生たちに優しく時にはユーモアを交えて語り掛けます。
「それでは平泉寺の歴史を簡単にお話ししながら、平泉寺のご本尊さまのもとへと足を進めてまいりましょう。」
「実は、最初にお参りしていただく大日堂は、平泉寺よりも古い歴史をもつお堂になります。記録によれば、大日堂の管理を担う「別当」のような役割を担うお寺として平泉寺が創建されたと記されております。ですので、最初に大日堂の歴史を、続いて平泉寺についてお話していきたいと思います。」

「この天平9年という年は、たいへんな時代であったと記録に残されております。どのような年であったかといいますと、日本で天然痘が大流行し、当時政治の中枢にいた藤原四兄弟(藤原不比等の4人の息子)をはじめ多くの人々が亡くなった年だったのです。ですから、当時疫病の終息を願い日本各地にたくさんのお寺が創建されたといいます。記録が伝えられていないため詳しいことは不明ですが、こちらの地に大日如来さまがおまつりされたのも、疫病の終息を願ったためだったのかもしれません。」

「そのようにして創建されたお寺ですので平泉寺という名前のお寺になりました。ちなみに、平泉寺のある地域は「平清水(ひらしみず)」という名称ですが、昔は「平白水」と書いて「ひらしみず」と読んでいたそうです。ですから、先ほどお話した慈覚大師の逸話はお寺の名前の由来でもありますし地域の名前の由来でもありますから、この錫杖池はお寺だけでなく地域にとっても大切な存在だと言えると思います。」

「こちらのお堂が「大日堂」と呼ばれている建物になります。建物の名前の通り、中央にはご本尊さまである胎蔵界の大日如来さまをおまつりしております。建物の外観を見ていただくと、五色の幕が建物の周囲を飾り、建物の前には、ご本尊の手からつながった五色の紐を結ぶ角塔婆がたてられております。なぜこのように鮮やかな装飾をほどこしているのか、それはご本尊さまを1981年以来、約45年ぶりに御開帳しているためになります。」
「それでは、堂内に入ってご本尊さまにお会いしていただきましょう。」
ご本尊さまの手と繋がる五色の紐を手に持ち祈りを捧げ、期待を胸に堂内へと進む学生たち。
「中央の大きなお厨子の中におまつりしている仏さまが、平泉寺のご本尊である胎蔵界の大日如来さまになります。胎児の『胎』に『蔵』という文字の通り、女性が赤ちゃんを宿しているような優しい慈悲の面を私たちに示す大日如来さまになります。」
「こちらの大日如来様、文化財的な視点で申し上げると、10世紀後半ころ、950年~1000年くらいの間に造立された古い時代に造立された仏さまであると考えられています。実は、ご本尊さまのように1000年以上昔に造立された胎蔵界の大日如来さまは、全国的に見ても残っている例が少ないようです。」
「先ほどお話したとおり、慈覚大師がこの地域を訪れたのが仁寿2年(852)ですから、約100年のタイムラグがあるということになります。以前の大日如来さまが朽ちていたために新しい大日如来さまを造立したのか、こちらの大日如来さまの胎内に以前の大日如来さまが入っているのか、そこまでの詳しい調査は実施していないので詳しいことは判明していませんが、もしかしたら現在の大日如来さまより古い大日如来さまが伝えられている可能性があるかもしれませんね。」


「江戸時代より後に御開帳されたのは、昭和56年(1981)のこと。この御開帳は、この大日堂の屋根を茅葺から銅板葺への葺き替えを完了したことを祝ったことによるものでした。江戸時代以前は、この土地を治めた領主の方々の御祈祷を行い、屋根の葺き替えに必要な材料などを援助していただいておりました。例えば、外陣の壁面の札には江戸時代の終わりごろの殿様である堀田家によって茅葺に使う茅をご寄進いただいたことが記されております。その後、明治時代以降は信者の皆さんの援助をいただいて茅葺を維持しておりましたが、これ以上続けていくことは難しいということで、やむなく銅板葺に変更しました。」

「御開帳といいますと、通常仏さまのお姿全身をお参りいただく皆さんに見ていただくと思います。ですが、こちら平泉寺には「御開帳をしてもご本尊さまのお顔を決して見えるようにしてはならない。」と代々伝えられてきました。実際、昭和56年の御開帳の際にはご本尊さまの前に白い布を垂らして、お顔を見えないようにしたそうです。」
「お寺に伝わる決まりは守る必要がある。しかしそれではご本尊さまのお姿を見ることができずお参りいただいた方にとっては良い機会にならない。今回の御開帳はどうしようかと私は必死に考えました。」
「続いて皆さんにとってどのように良い御開帳としていくのか。今回史上初めて、ご本尊さまをLEDで照らしてはっきりと拝んでいただけるようにいたしました。お顔はなかなか見えませんが、ご本尊さまのお顔以外は皆さんにはっきり見ていただけるかなと思います。」
するとここで裏話があるそう。実は、ご本尊さまのお顔を直接拝することのできる場所があるのだといいます。ご住職もお厨子の扉を開いてからお参りの方に教えていただいたのだとか。
ご住職に教えていただいた場所に座ると、確かに隠れていたご本尊さまの凛々しく力強い眼差しやお顔を拝することができました。
お顔を直接拝することはおそらく史上初めてのことであるそう。ぜひその場所をご住職にお聞きしてみてください。




ご本尊さまとともに史上初めて御開帳されている「飛地蔵」

「時は元和元年(1615)、山形城下の地蔵堂から突如お地蔵さまの姿が消えてしまったそうです。八方手を尽くしても見つからず、羽黒山の山伏さんに頼んで御祈祷してもらったところ、なんと「東の霊地にある」とお告げがありました。そのお告げに従い、人々はここら一帯をくまなく探したのだそうです。すると、この平泉寺大日堂の参道の杉の枝にひっかかっているお地蔵さまが発見されました。人々は安堵し、お地蔵さまを地蔵堂へと連れて帰り、今度は飛んで行かないようにとお体を台座に縄でぐるぐる巻きにして固定したそうです。これで安心だと人々はお地蔵さまをおまつりするお堂の扉を閉めました。」

「こうした逸話が伝えられている飛地蔵さまですが、通常はご本尊さまと一緒に厨子の内部におまつりしているため、そのお姿を直接お参りすることはできません。ですので、日々のお参りの際に拝むお前仏のお地蔵さまということで、お厨子の左側に大きなお地蔵さまがおまつりされているのだと思います。これが先程の疑問の答えになりますね。」
江戸時代から続く大仏再興の灯

「こちらの仏頭は、寛文12年(1672)頃、当時の山形城主を務めていた奥平昌章(おくだいらまさあきら)公によって平泉寺の背後にそびえる千歳山の西麓に造立された千歳山大仏を起源にもつ仏頭です。奥平昌章公は、京都市の三十三間堂付近にあった方広寺の大仏を参考に、山形を守る大仏を造立しようという願いをもとに大仏を造立したといいます。しかしながら、天保3年(1832)、火災によって焼失してしまいました。」



「今回の修復を通して、たくさんの方々が平泉寺をお参りしていただき、たくさんのご縁がありました。平泉寺は約12年後の2037年に開創1300年となります。この記念の年に向けて、こちらの大仏さまの仏頭を安置するお堂の建立を計画しております。私は記録が残っているところから数えて38番目の住職、大仏さまを再興しようとした住職が32番目の住職になります。この大仏さまを安置する建物の建立は、32代目から私に至るまでの歴代住職、そして平泉寺を信仰してくださる方々の悲願です。お寺に残る史料を整理していると、歴代住職が計画したお堂の設計図が何枚かでてきました。再建が断念されてから、約170年。大仏さまへの信仰の灯を絶やさぬようにと、たくさんの方々が尽力を重ねてまいりました。皆さまのその願いを胸に、江戸時代から続く大仏さまの復興物語を成し遂げられるように精進してまいりたいと考えております。」
約45年ぶりの御開帳を通して

「まず感じたことは、伝えていくことの難しさです。今回の御開帳を実施するにあたり御開帳についての過去の記録などを調べてみましたが、最後の御開帳が約45年前、その前が江戸時代と期間が開いてしまうと伝えられていることには限りがありました。日本全国にたくさんのお寺があり、5年に一度や12年に一度、21年に一度、33年に一度など決まった年に仏さまが御開帳されています。何年に一度と決まった年に御開帳を実施することには、御開帳を未来へ伝えるという意味が大いに含まれているということを痛感いたしました。」
「また、御開帳を通してお寺を未来へ繋ぐサイクルができていたのだと感じております。平泉寺も江戸時代までは21年に一度の御開帳を実施していたとお話ししましたね。この頻度は当時の住職が生涯で1回実施することができる頻度でした。御開帳の際に皆さまからいただいたご寄付により、住職生涯一度の事業として定期的に境内の整備や修復を行うことができ、お寺を未来へ繋いでいくことができていたのだと思います。」
「そして、仏さまを未来へ伝えようとした時代時代の人々の存在を改めて強く実感しております。ご本尊さまは後世に修理を施された箇所が多いため、文化財的視点では国の文化財は難しいそうです。しかし、私はその修復こそが先人たちが伝えた大切な証であると思っております。当時、朽ちてしまったご本尊さまを修復するのではなく、新しく仏さまを造立するという選択肢もあったと思います。しかし、当時の人々は朽ちてしまったご本尊さまを修復するという選択をしました。これは、当時の人々が仏さまを未来へ、次の世代へバトンタッチしたいなという願いが強かったからなのだと思います。日々お参りしてくださる方々、仏さまを修復してくださった方々、浄財を出していただいた方々、たくさんの方々が時代時代に存在し、そのような方々の想いがひとつながりになっているからこそ、平泉寺には平安時代から江戸時代にわたる様々な仏さまがおまつりされているのです。先人たちの想いを胸に、平泉寺の仏さまや歴史を未来へ伝えていきたいと思います。」
参加大学生の感想

学術的に、ご本尊さまが造立された時代は今からおよそ1100年前の10世紀後半くらいであるとお聞きしました。1100年前という途方もない時間を越えてご本尊さまが今に伝えられ、凛々しく堂々たるそのお姿を私たちが拝むことができるのは、先人たちがご本尊を必死に守り伝えたからだと強く感じました。
立命館大学 博士課程
大日如来坐像のご開帳の期間に参拝することができ、お姿を拝見することができるとても貴重な機会でとてもありがたかったです。ご住職の説明を聞いている中で、江戸時代までは平泉寺の大日如来坐像のご開帳が21年ごとに行われてきていた歴史があり、時代を超えて守り伝えてきた人たちがいるからこそ現在の仏さまやお寺があるということが心に残りました。お寺のご開帳等の機会があることで、参拝する人々にとってより強く仏さまと縁を結ぶことができると共に、人が集めることで修復や再建等を行うことができ、より後世へ伝えることができるのだと思います。
今まで守られてきたものを後世へと繋げ残していくことはとても大変なことであると思います。今回のご開帳の際に大日如来坐像の姿を拝見する中で、落ち着いたお顔でありながら優しく微笑んでいるようにも感じました。これはご住職をはじめとして大切に仏さまやお寺をお守りしてくださっており、これからもお寺が繋がっていくことを安堵している表情のようにも感じました。
奈良大学 博士前期課程2年
山形県山形市平清水番外1
2025年5月1日~2025年7月31日
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