特集「一隅を照らす」
令和6年10月5日 ~ 10月30日(前期)(令和6年11月2日 ~ 12月1日(後期))
世界文化遺産登録30周年記念展「比叡山と平安京」(前期)が開催されている国宝殿を訪ねる
【2024年10月19日訪問】
比叡山の整備に奔走した伝教大師最澄
「幅広く活躍し桓武天皇をはじめとする多くの人々から信頼をされていた最澄はさらに歩み続けます。最新の仏教を求め唐へ渡ることを計画します。当時の唐への渡航はまさに命がけの旅路ですが、唐の地へ無事にたどり着き天台山などの仏教聖地を巡り、天台教学や密教を受け継ぐとともに多様な経典や法具を日本へと持ち帰ります。」
「こうして持ち帰った教えや経典をもとに最澄は比叡山の整備を続けます。その結果、延暦25年には天台宗が正式に認められることになりました。その後、最澄は大乗戒による授戒制度を新設し、その施設を比叡山に設置することを目指し尽力します。残念ながら最澄が生きている間に設置の許可はおりませんでしたが、没後7日目に正式に認められ、その翌年にはじめて比叡山で授戒が行われました。」
「しかしながら、様々な人やものが集まるということは争いが生じ戦乱に関わることも増えていくということになります。誰しもが知っている織田信長による比叡山の焼き討ちなど、比叡山は幾度も戦乱に巻き込まれた歴史があります。その都度、比叡山におまつりされていた仏さまや経典は比叡山より避難し、比叡山に戻ってきたものもあれば新たな場所で伝えられているものもあります。そういったことから『比叡山の仏さまには足がある』と呼ばれることもあります。それでは、その代表となる仏さまを最初にご案内いたしましょう。」
比叡山の仏さまには足がある
「しかしながら、戦国時代、このお像に危機が訪れます。皆さんご存じ、織田信長による焼き討ちです。どうにかして仏さまだけ逃がしたい、そう考えた当時の僧侶はこのお像を山からおろし、琵琶湖をはさんで対岸にある天台宗寺院である芦浦観音寺に舟で逃がそうとしたといいます。なんとかしてこのお像をはじめ様々な仏さまや経典を舟にのせ、対岸に向けて舟を漕ぎます。しかしながら、波が高かったのか、途中でこのお像は琵琶湖に落ちてしまったといいます。そして自ら岸に泳ぎ着き、現在の下坂本の東南寺にまつられ、水難避けの仏さまとして信仰されました。今は山上に戻り、国宝殿を拝観される方々をお出迎えくださっています。」
「このお釈迦さまのように比叡山に再び帰ってきたお像や経典もあれば、場所を変え新しい場所で伝えられているお像や経典もあります。今回世界文化遺産登録30周年という記念の年ということで、延暦寺や天台宗の寺院さまだけでなく天台宗以外の宗派の寺院さまや博物館からも貴重な宝物をお借りしています。まさに記念の年にふさわしい特別展になっていますので、再び比叡山に集う宝物を通し比叡山に花開いた往時の仏教文化を体感していただけたらなと思います。その際、先ほどお話した「比叡山の仏さまには足がある」という言葉を頭の片隅において展示を見ていただけるとよりおもしろいと思います。それでは、展示室へと進みましょう。」
岸田学芸員に続き展示室に歩みを進めていきます。
移動する比叡山ゆかりの宝物:国宝・梵鐘
「こちらが今回の展示の目玉の一つである国宝の梵鐘です。こちらは滋賀県守山市にある佐川美術館さまが所蔵されている梵鐘になります。ここで先ほどの「比叡山の仏さまには足がある」という言葉を思い出していただきたいと思います。この梵鐘も当初は比叡山に伝わっていました。」
ここで展示の前に普段見当たらないボタンがあることに気が付きます。
「ぜひご来館いただいた皆さんに押していただきたいのが、こちらのボタンになります。誰かこのボタンを押してみてください。」
岸田学芸員の言葉に従い学生の一人がボタンを押します。すると、重厚感のある鐘の音が展示室に響きました。
「この鐘の音は平成11年(1999)に国宝の鐘を実際についたときに収録された鐘の音になります。国宝に指定されていますから、現在はたやすく鐘をつくことはできません。この音を聞いていただき、この鐘の音が響いていた平安時代の比叡山の様子を想像していただけたらなと思います。」
岸田学芸員のお話はまだまだ続きます。
高僧たちの直筆の文書と比叡山で花開いた多様な信仰
展示室に入ると、仏さまに加え様々な文書や絵画が展示されていました。
「こちらの展示室では、伝教大師による比叡山の開創から多様な信仰が花開くまでの歴史を、宝物類を通して体感していただきたいと考えています。先ほど比叡山だけでなく博物館や天台宗以外の寺院さまからお借りしたとお話しましたが、そのようなお借りした国宝や重要文化財などの貴重な宝物類をこちらの展示室で数多く展示しています。それでは、伝教大師が活躍した時代の宝物から見ていきましょう。」
「伝教大師が生きた時代の宝物のうち前期展示では、大原の来迎院さま所蔵の「伝教大師度縁案並僧綱牒」と延暦寺が所蔵している「伝教大師請来目録」を展示しています。どちらも国宝に指定されている貴重な宝物です。まずは「伝教大師度縁案並僧綱牒」に注目してみましょう。」
「この文書は現在の運転免許証やパスポートのように公的に示す書類になります。ですので、伝教大師の身体的特徴や出自などが詳細に記されています。例えば、ほくろの位置など記されているので、ぜひ探してみてください。」
「続いての宝物は、延暦寺が所蔵する「伝教大師請来目録」になります。こちらは伝教大師直筆の宝物で、唐に留学した際に得た経典や法具のうち越州で入手した経典類の詳細を記入したいわゆる「越州録」の原本になります。伝教大師がどのような教えを学びどのような経典を入手したのかを今に伝える第一級の宝物になります。」
「こちらに展示しているのは弘法大師像になります。こちらのお軸は京都の仁和寺さまからお借りしたお軸になります。伝教大師と同じタイミングで唐へ留学した弘法大師は密教を学び日本へともたらしました。帰国後は伝教大師とも深く交流したことも知られていますね。この国宝殿で弘法大師のお軸を展示することはほとんどありませんでしたが、今回伝教大師と並び当時の仏教を代表する存在として弘法大師のお軸を展示しています。」
「また隣には、「楞厳三昧院解」を展示しています。これは、楞厳三昧院が横川の独立を求めた上申書で、これにより現在のような東塔・西塔・横川の三塔が確立したことが分かります。また、最後から3行目には慈恵大師の自筆の署名を見ることができます。」
「このように慈恵大師は伝教大師や慈覚大師、智証大師が基礎を築いた比叡山をさらに整備したことで、比叡山を中興したと表現されます。その際、公家をはじめとする多くの人々の援助を受け比叡山全体を整備していったと考えられています。その時に強固となった公家との繋がりを示す宝物が現在も比叡山に伝わっています。」
きらびやかな平安貴族の世界を今に伝える宝物
「最初にご覧いただきたい宝物は、今回の目玉の一つ「金銀鍍宝相華文経箱」です。こちらは現在放映中の大河ドラマで話題の一条天皇の皇后・彰子が奉納した経箱になります。箱のふたには「妙法蓮華経」と刻まれていることから内部に『法華経』がおさめられていたと考えられています。残念ながら内部におさめられていた経典は、この経箱が発見された時には無くなってしまっていたそうです。箱全体に花々を題材とした非常に繊細で優美な装飾がされており、当時の技術の粋を集めた貴重な作例であるとして国宝に指定されています。」
「また、その隣には相応和尚が創建したとされる伊崎寺のご本尊・不動明王坐像を展示しています。このお像は平安時代の10世紀ころに造立されたと考えられている仏さまになります。平安時代の天台密教を今に伝える貴重な仏さまの一つです。」
ここで登場した山王信仰という視点。今回の展示においても山王信仰に関わる貴重な宝物が展示されていました。
「また、山王信仰に関連して大和文華館さまが所蔵する「日吉山王宮曼荼羅」もお借りしています。こちらは、すべての社殿の正面をこちら側に向け、社殿の内部に懸仏の形式で本地仏を描いていることが特徴的な山王曼荼羅です。現在は剥落していますが、仏さまは金泥を用いて盛り上げで描かれていたようです。ですので、制作当初は画面から仏様が立体的に飛び出してくるような感覚を感じることができたのかもしれませんね。」
最後に岸田学芸員に今回の展示についてお話いただきました。
参加学生の感想
展示室に入ると国宝や重要文化財に囲まれ、伝教大師が比叡山を整備して以降、多様な信仰や文化が生まれたことを体感することができました。今より1200年前に生きた伝教大師の肉筆を実際に見ることができるだけでなく、大河ドラマに登場する彰子が奉納した経箱の実物を見ることができ、歴史上の人物が実際にいた痕跡を味わい自分たちが歴史上の人物が生きた時代の延長線上に生きていることを強く感じることができました。また、「比叡山の仏さまには足がある」という視点でみると、いままで何度もお会いしていた仏さまが波乱万丈の歴史を潜り抜けてきたこと、今に伝えられているのは必死に逃がそうとした当時の人々の存在があったからだということを強く感じることができ、今に伝わる仏さまや文化財をこれから先にどのように伝えていくのか自分自身に落とし込み考えるきっかけとなりました。(文・立命館生命科学部 博士1年)
世界文化遺産登録30周年記念展「比叡山と平安京」(前期)
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