地元に伝わる伝統や文化を滋賀から世界へ発信
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いろり端

探訪「1200年の魅力交流」

地元に伝わる伝統や文化を滋賀から世界へ発信

日本一大きな湖を抱える滋賀県には、琵琶湖のほかにも緑豊かな山々や田園風景、そして歴史ある社寺がたくさんあります。そんな自然観光資源を活用し、訪日外国人にあるがままの自然とそこに生きる人々が暮らす姿をナビゲートするバイリンガル主婦たちがいます。彼女たちが案内する「湖郷の人々の日々のくらし」をテーマにした「Tour du Lac Biwa(ツールドラック ビワ)」は、2014年のスタートからわずか5年で「TripAdvisor Certificate of Excellence(エクセレンス認証)」を2年連続受賞するほどの人気ツアー。今回は、訪日外国人に特化した「日本の田舎」体験ツアーを企画・コーディネートする代表の川口洋美さんに、生活文化体験型ツアーを企画した理由やツアーを通して見える今後の地域課題などについてお伺いしました。

-現在、取り組まれている「Tour du Lac Biwa(ツールドラック ビワ)」について教えてください。

「Tour du Lac Biwa(ツールドラック ビワ)」は、琵琶湖の西側(湖西)のエリアをメインに外国人向けの田舎の日帰りの旅を英語でご案内するツアーです。私たちのツアーは、地元の人たちを交えて何かをすることを大切にしていますので、必ず地元の方とのインタラクティブな(双方向の)取り組みがある内容となっています。
例えば、日本の原風景の面影が色濃く残る大津市の仰木には、眼下に琵琶湖が広がる美しい棚田があります。その仰木の里山の農家にお伺いし、餅つきや郷土料理の鶏のすき焼きを味わっていただきます。このエリアでは、ついたお餅に塩味の納豆を挟んで食べるという風習があって、私たちも最初はビックリしたんですが、外国人となるとなおさら驚かれます。当然、食べることをためらう方もいらっしゃるのですが、「健康食で寿命が延びるかも知れませんよ」とお話しすると、とりあえず皆さん口にされますね(笑)。またそれぞれの農家さんが持ってらっしゃる特技などを披露して、外国人のお客様をおもてなしする点なども、非常に喜ばれています。このような「農家訪問と餅つき体験」のほか「琵琶湖サイクリング&田舎料理体験」「屋根職人さんの工房見学」など8種のコースをご提供しています。

餅つき体験を楽しむ外国人観光客

-地元の方にご協力をいただくまでにご苦労されたことや、また反対に励みになったことを教えてください。

正直に申し上げると、すぐに溶け込めるエリアもあれば、そうではないエリアもあります。私たちは、いわば村外の人間ですし、そういう部外者が外国人を連れてきて、仕事とは言えすんなりと受け入れ難い点があることも理解できます。私は静岡県出身ですので、滋賀は地元ではないのですが、それでも、ここを活気ある楽しいところにしたいという思いは地元の方と同じだと思うんですね。そこで私たちが持っている特技と、地元の皆さんがこの土地で文化・風習を脈々と受け継いで来たことをマッチングさせていったのです。
地元の人にとっては何気ない日常の一幕が、外国の方にはすごく喜ばれるんだ、ということをご理解いただけるまで、何度も足を運びお話しを重ねました。ツアーがないときにもお伺いして、時には地元の行事に参加したり、農作業などを手伝ったりして、少しずつこちらの思いを受け入れてくださるようになったのかと思います。そして、ご協力をいただいている方たちが喜んでくれて、「また次もお願いね」と言われたときに、ようやく少し溶け込んできたのかなということを実感しますし、それが励みにもなります。

-地元ではないからこそわかる滋賀の魅力とは。

仮に魅力的なものであっても、ツアーとして成立するコンテンツになるとは限りません。地元の方がいいと見せてくださったところが、実際にツアーに取り入れるのは厳しいかなと思うこともありました。それを試行錯誤しながら、何とかツアーにふさわしいものに作り上げていき、最終的には今の形に落ち着きました。
滋賀は水も空気もきれいですし、とても住みやすいところなんですね。山も田畑も季節ごとに色を変え、田植え期の緑から黄金色になっていく様子や、琵琶湖に上る朝日なんかも素晴らしい。でも、それだけではツアーとして成立しないですし、また、観光地を巡るだけの内容では、お隣の京都に比べるとどうしてもインパクトにかけてしまいます。そこで滋賀の自然を背景にした人々の暮らしと生活文化の体験、というココでしか体験できないことをツアーに取り組んだ、というのが実際のところです。
餅つきにしても、郷土料理にしても、地元の方にとっては「そんなことで喜ばれるものなのか?」と思われますが、あまりに日常すぎてそれが持つ価値に気付かれていないんですね。それを掘り起こし魅力的に見せる。さらに満足の行くものに仕上げる、というのが私たちの腕の見せどころになるのかと思います。

郷土料理をおもてなし

-ツアーに取り組まれて5年が経過しましたが、今のご自身の課題、またはツアーを通じて感じる「地域」の課題があれば教えてください。

大阪や京都に習って、こじゃれたものを作ろうと思っても勝てっこないじゃないですか。京都から電車に乗って30分以内で行けるとても便利な場所にありながら、自然がとても豊かで、田舎を満喫できるのが滋賀。いい意味での不便さを残しつつ、この地域ならではの良さを楽しんでもらいたい。長い歴史の中で培われたものや環境も含めて、ここで暮らす人たちが脈々と受け継いでこられたもので勝負していきたいですね。だからこそ、媚びずに、いままでのあり方をできるだけ変えずに、いかに人を呼び、それを維持継続していくのか、ということがこのツアーに託されていることじゃないかなと思います。
あと、もう一つは高齢化。現在、ご協力をいただいている農家の方々は70代・80代なので、やはり先を見据えると裾野を広げなければならないですね。

-「生活文化体験型」のツアーを実施する中で地域に変化はありましたか。

小さな変化ですが、ツアーで提携しているご自宅に何度か伺っていると、ご近所の方がわざわざ外に出てこられてお声をかけてくださることが増えてきました。ツアーを行っている場所は観光地ではないので、外国人が近所を歩いていること自体がまだまだ珍しいのですが、私達が何度か伺っているうちに興味を持ってくださったのか、時にはお茶やジュースの差し入れをしてくださることもあります。
今は、餅つきやサイクリング、クッキングなどツアー内容が決まっていますが、次の段階では、例えば小学生などの子供たちも含めてさまざまな方に何かしら関わってもらって、この地域に外国人の方が来るとちょっと楽しいなと思ってもらえる動きにしていけたらな、と思っています。また、地元の方からの自発的な動きがあれば、それも応援していけたら良いな、とも考えています。

-ツアーをコーディネートする上で最も大切にされていることは何ですか。

その地域の人達が大切に守ってきたものを、いかに魅力的に光を当てて見せるかが、どの地域にも大事なことだと思っています。単なる思いつきで作ると安っぽい内容になってしまうんですね。例えば、餅つきなんかは日本中どこでもできます。ですが、この地域はこういうスタイルで、こういうふうに食べる。それにはこういう理由があるんだよ、というところまでを背景も含めて説明をし、その土地ならではの体験にすることが大切だと考えます。またホストである農家さんが作ったもち米で餅つきをするというところにも価値があるし、この地域にずっと実際にあった文化や歴史的背景を大事にして、それを外国の方が喜ぶようなストーリーに仕立てて行くことが私たちの仕事だと考えています。そして何よりも、それを皆さんと共同で分担し、正当な対価を得ることで、皆さんが儲かって、来年もまた頑張ろうと思ってもらうことが最も重要なので、できるだけ高付加価値のツアーを作ることを心がけています。

ツールドラックのツアーコースの一つにも組み込まれている小椋神社。
小椋神社は仰木の氏神として地域の人達が大切に守ってきました。
ツールドラックは地域の方々が伝承してきたその想いを海外の方々に伝える取り組みを行っています。

-これまでのツアーの中で、心に残っている印象的なお客様はいらっしゃいますか。

たくさんいらっしゃるのですが、なかでもよく話題に上がる方がお二人おられます。おひとりは、ちょっとすごい方で、詳しくお話はできないので置いておいて(笑)。
もうひとりは、ハワイに住んでいる日系人の方なのですが、ご自身の親のルーツが滋賀県にあるという方がいらっしゃって、もう3、4回お越しいただいているんですね。その方とはプライベートでも親しくさせていただくようになり、私たちもハワイのご自宅にお伺いしたこともあるんです。その方が大事にされているものは、お金を出しても買えない、人と人とのつながりや、人として生きる上で大切な価値観で、これはお国は違っても同じことだと思うのです。滋賀のおじいちゃんやおばあちゃんと触れ合いを通じて、こちらが日々大切にしていることやモノの価値観がそのお客様にも伝わり、琴線に触れたのか、今でも時折ご連絡をくださったりします。ツアーでお世話になったおばあちゃんに会いたいという理由だけで、わざわざ立ち寄ってくださったり。ツアーを通して、このような交流ができることは本当に嬉しいことと思っています。究極的には、ツアーがなくてもこういう交流を保てるようになるのが、もしかしたら目標なのかもしれません。こちらにお越しくださる全ての皆さんとそんな関係を築けるように、これからも頑張っていきたいと思います。
-取材を終えて
私たちが普段の生活の中で気付かない「当たり前のことに価値がある」を形にし、訪日外国人に日常の中に溶け込むことの特別感を提供する、川口さんをはじめとする「Tour du Lac Biwa(ツールドラック ビワ)」のみなさん。日本文化や風習の意味が間違って外国人の方に伝わることを防ぐために、通訳者全員が共通認識を持って正しい情報や思いを説明するように心がけているそうです。
私たちの生活の中で当たり前のことに価値がある。いま、私たち日本人があまり大切にしていないことのように思います。精神文化を含めお金では買えない、地域の伝統や風習、行事、家庭に伝わる味など、大切につないでいかないといけないのではないでしょうか。