伝教大師縁の地蔵菩薩を祀る「嶺南寺」を訪ねる
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探訪「1200年の魅力交流」

伝教大師縁の地蔵菩薩を祀る「嶺南寺」を訪ねる

2023年10月21日 訪問
甲賀のお寺めぐり、お次は甲南町竜法師にある嶺南寺です。このお寺もまた、伝教大師最澄と深い関わりを持つお寺です。嶺南寺のこと、また地域の歴史について、松岡順海ご住職にお話いただきました。
まずは嶺南寺の歴史について教えていただきました。

「嶺南寺の歴史は、奈良時代の725年、奈良の東大寺の初代別当としても知られる良弁僧正によって開かれたと伝わっています。当初は布教所のようなもので、その後一時途絶えていたようです。平安時代の初頭に、伝教大師最澄が比叡山延暦寺の根本中堂造営のための木材を求めて、甲賀の地に来られた際に、天台宗の寺院となりました。

 伝教大師がこの地域にやってきたころ、この竜法師の村の住民は疫病に悩まされていました。その様子を見た伝教大師は薬師如来と地蔵菩薩のお像を彫られ、薬師如来像を村の北東に、地蔵菩薩像を村の南西に安置するようにと言われました。その南西のお堂が後に嶺南寺となり、伝教大師が彫られたという地蔵菩薩像を御本尊としてお祀りしています。薬師如来をお祀りする薬師堂も、今も集落に残っています。かつては嶺南寺も現在の高台ではなく集落の方に下ったところにありましたが、江戸時代の1723年に落雷による火災で焼失したことをきっかけに、お隣の天満宮とともに現在地に移転してきました。」

伝教大師最澄が根本中堂造営のために自ら足を運んだと伝わる甲賀地域の寺々には、伝教大師にまつわる伝説が多く残され、伝教大師ご自作のお像を御本尊としているところも少なくありません。嶺南寺もその一つとのことでしたが、竜法師地域には嶺南寺のお地蔵さんだけではなく、薬師如来も残されていることには驚きました。地域に根ざした伝教大師の伝説の姿が浮かび上がってきます。
さらに、甲賀といえば欠かせない存在が「忍者」です。嶺南寺の近くには江戸時代の「忍術屋敷」も残されていますが、嶺南寺も忍者と深いつながりがあるとご住職は言います。
「嶺南寺の古くからの檀家さんは、甲賀流忍者の末裔と言われています。忍術屋敷の主であった、望月出雲守家の菩提寺も嶺南寺です。忍者というと映画やドラマでの戦闘シーンが印象的ですが、『万川集海』という忍術書には、忍者が人を殺めるための手段ではなく、忍者が生き残るための手段が多く記載されています。中でも注目したいのは丸薬です。実は望月出雲守は丸薬を生産し、この地域で活躍していた修験道の山伏がこの丸薬を日本各地で売り歩いていました。竜法師集落の人々は、農業を営みながら、山伏として活動し、薬を売って生計を立てていました。
 江戸時代の俳人、松尾芭蕉はこの地を訪れた際、「秋山にあら山伏の祈る声」という句を残しています。この地域ではかつて、山伏たちが集まってお経を読んでいる声が響き渡っていた。そんな風景が浮かんできます。」
「忍者」という歴史ロマン溢れる存在の登場に、学生たちの目も輝きます。

続いて、本堂の中をご案内いただきます。
「嶺南寺の本尊は地蔵菩薩ですが、本堂の中央に安置されているのは阿弥陀三尊像です。嶺南寺は檀家寺院で、回向法要を中心に行なっているため、先代住職の意向で中央に安置されています。この阿弥陀三尊像は2006年に今の本堂を再建した時に新しく造ったもので、京都の大原三千院のものをモデルにしています。両脇には天台大師・伝教大師像をお祀りしています。」
「現在の本堂が建つ前は、庫裡の内仏として仏さまをお祀りしていました。その時の阿弥陀如来像が正面左側に安置されています。他にも毘沙門天像や如意輪観音像など、嶺南寺伝来のお像を安置していますが、いずれも来歴はよくわかりません。」
正面向かって右側には、御本尊の地蔵菩薩像がお祀りされています。学術的には、平安後期から鎌倉前期の作であると考えられていて、国の重要文化財に指定されています。僧侶と同じ、法服を着たお地蔵さんですが、衣のひだが深くかたどられているところが特徴的で、鎌倉時代の特徴だそうです。坐像のお地蔵さんも珍しいと思います。」

最後に嶺南寺と檀家さん・信徒さんとの関わりについて教えていただきました。
「嶺南寺の山号は『梅香山』といいまして、かつての住職は『梅山』という苗字を名乗っていました。平成六年に第254世天台座主に就任した梅山円了猊下は、実はこの嶺南寺の出身なのです。お座主を輩出したお寺であるということを、檀家・信徒の皆さんは誇りに思ってくださっていて、本堂再建の際にも大変協力していただきました。
信徒さんとの距離を縮めようと、檀家さん発案のもと始まったのが、『嶺南寺ふれあいフェスティバル』です。ここ数年はコロナ禍の影響で開催できていませんが、檀信徒の方々の交流の場となっています。」

(文・京都大学大学院2回生)

参加学生の感想

今回の訪問では、ご本尊・地蔵菩薩に伝わる伝教大師の逸話と檀家さんと協力して行っている様々な取り組みに心打たれました。
疫病をおさめるために2ヶ所に薬師如来像と地蔵菩薩像をおまつりしたという伝教大師の逸話の通り、薬師堂と嶺南寺に伝承を持つお像が残されていると伺い、いかにこの土地で伝教大師が慕われていたかを垣間見ることができました。また、コロナ禍以前に行われていた境内でのコンサート等の取り組みの写真を見ていると、多くの方々が楽しみ、境内が笑顔に溢れている様子でした。檀家さんだけでなくたくさんの方々に開かれ、多様な人々たちと嶺南寺の空間を分かち合うことができることが嶺南寺の魅力の一つだと感じました。
梅香山嶺南寺
〒520-3311
滋賀県甲賀市甲南町竜法師1289