日本初の護摩祈祷道場「雙林寺」を訪ねる
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探訪「1200年の魅力交流」

日本初の護摩祈祷道場「雙林寺」を訪ねる

2023年10月7日 訪問
多くの観光客でにぎわう京都市東山の円山公園に隣接する場所に、雙林寺があります。雙林寺はさまざまな出来事に巻き込まれながらも、伝教大師最澄開山と伝えられる長い歴史を守り、教えを伝え続けた寺院でした。案内していただいたのは、野竿智敬ご住職です。

「雙林寺は平安時代に伝教大師最澄の創建といわれています。最澄は中国に仏教を学びに行き、仏具や経典を日本にもたらしました。それらの保管場所、鎮護国家のために、時の天皇である桓武天皇の勅命によって延暦二十四年(805)にこのお寺ができ、日本初の護摩祈祷道場としました。中国に雙林寺という全く同じ名前のお寺があり、そのお寺の地形とこの場所が似ていたため、この名がつけられたようです。」
「鳥羽天皇皇女綾雲女王や土御門天皇皇子静仁法親王が出家したことで、天皇家との関わりが強く、天台座主に4度も就任したという慈円が雙林寺の子院である百光院に住んでいたこともあり、鎌倉時代に最も栄えました。建武二年(1335)、建武の新政の戦場がこのあたりから将軍塚にかけてあったようです。お寺は塀で囲まれ、建物が多くあり、兵隊が休めるため陣地として適していました。そのため攻められ燃やされ荒廃してしまったようです。その後、時宗の国阿上人が、応安六年(1373)に雙林寺を中興しました。」
現在でも付近には多くの時宗寺院があります。それらのお寺ももとは天台宗の寺院で、雙林寺とも関係があったそうです。
実はこのお寺は、円山公園の中にあります。現在も桜の名所として有名なこの地は、もとは雙林寺の境内でした。桜の名所であった歴史は古く、あの有名な戦国武将である豊臣秀吉との関係もありました。
「安土桃山時代、桜の名所であったため豊臣秀吉がこの辺りでも花見を行ったようです。豊臣秀吉が前田玄以に命じて、環境の保全のために立てられた制札という書類が残っています。また、東山の山々は東山三十六峰といい、それぞれに名前が付けられています。その中に雙林寺山という名前があり、それだけ大きな寺院であったということが分かると思います。しかし、高台寺や東大谷祖廟、円山公園を造られることで境内が小さくなり、明治時代に入ると廃仏毀釈もあり聞くも涙語るも涙の衰退の一途をたどりました。円山公園音楽堂の場所にはかつては雙林寺庭園があったといわれています。現在は、本堂と飛び地境内に西行法師ゆかりの花月庵というお堂を残すのみとなっています。」

続いておまつりされている仏様をご案内していただきました。今回は特別拝観期間中にお伺いしました。
「御本尊薬師如来坐像は平安時代の9世紀に造られた85センチほどの伝教大師最澄御作と伝わる仏像で、重要文化財に指定されています。平安時代の9世紀に造られた像です。足部分には、波のような翻波式の衣文が施されています。内刳りを背面ではなく胸付近から行う珍しい像です。」
「頭のパンチパーマのような螺髪には、知恵の種類がたくさんあることを示しています。それがあるため、仏さまは大人から子どもまでどんな人々にも説法をすることができます。皆さんこの像をみたときにどのような表情をしている像だと感じましたか?皆さんに今日はどんな説法をしてくれているお薬師さんか考えてみてください。仏像は彫刻であるため形は変わらないのですが、毎日拝んでいますと、日々表情が変わるように感じます。つまり、そこに本当に仏さんがおられるように思えるのです。」
「さまざまな表情に見えると言いましたが、ニコニコと漫才を見ているような笑い方ではありません。私たちはさまざまな生活の中でイラついたり、気に入らないことに怒ったりすることがありますが、同じ時間を過ごすのであれば楽しく過ごした方がいいに決まっています。仏さまはそれを私たちに真剣に伝えるために、口元をしっかりとかみしめ、目元も少し上がるお慈悲の顔をして伝えようとしているのです。」

ご本尊の前には、通常非公開である西行法師像と大黒天像がおまつりされていました。
「西行法師像は花月庵にまつられているお像です。鎌倉時代の頓阿法師が西行法師を偲んで造られたと伝わります。1864年の「花洛名勝図会」という京都の寺社ガイドブックのようなものにこの像を映した絵が描かれています。時代劇等で人相書きが出てくることがありますが、このようにそっくりに描かれているのかもしれません。」

「大黒天像は甲冑を付け、手には宝棒をもっています。多くの人が考える米俵の上に立ち豊満で笑みを浮かべる像とは異なっています。大黒天は最澄がもたらした図像といわれ、本来は戦闘神だったものが大国主と結びつき変わっていったものとされています。この像は伝教大師御作と伝わっています。」

脇に歓喜天がおまつりされています。
「秘仏の歓喜天です。立身出世・金運・縁結び等さまざまなご利益があるため、熱心に信仰されています。幕に大根と巾着が描かれています。大根は除菌効果があるため気持ちの清浄化、巾着は昔は財布のことで中に宝が入っているとされ、そこから願いを叶えてくれることを表しています。」
最期に仏教に対する思いや考え方を教えていただきました。
「いつも思っていることは、明るく楽しく仲良くすることが仏教の基本的な考え方であるということです。住職が暗く、ジメジメしていると仏教に説得力がなくなってしまいますし、薬師如来をまつるお寺で住職が病気がちではご利益がないように感じられてしまうと思いながら毎日お勤めしています。また、宗教にオカルトなど悪い印象をもっている人もいると思います。ただ変な宗教では、仏教のように何千年もの長い間信仰されることはありません。それに、日本の文化や生活には仏教が大きく関わっていて、現代の私たちの生活もそれらに基づいています。まずは宗教の教義としてではなく、教養として仏教について知ってもらいたいと思います。」

(文・奈良大学文学部4回生)

参加大学生の感想

アットホームな寺院で、明るく優しく迎えてくれるような寺院でした。ご本尊である薬師如来坐像は平安時代初期の像で、体は量感にあふれどっしりとしながら、顔は丸顔で柔らかそうで優しく微笑んでいるように感じました。雙林寺は建武の新政による足利尊氏と新田義貞との戦場の舞台による焼失や明治時代の神仏分離のあおりによる土地が減少等の困難なことを乗り越えて今があることの説明を聞きました。多くの人々の信仰とともに、ご住職のみなさまの努力のおかげで今に伝わっていることを感じました。ご住職が薬師如来をご本尊としているため、明るく元気にお話ししていたことが印象に残りました。そのようなご住職がお守りしているからこそ、ご本尊様も明るく笑っているようにも感じ、なんでも受け止めてくれるように感じさせてくれるのだと思いました。
金玉山雙林寺
〒605-0072
京都市東山区下河原鷲尾町527