日本三清水の1つと称される観音様の霊地「清水寺」を訪ねる
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探訪「1200年の魅力交流」

日本三清水の1つと称される観音様の霊地「清水寺」を訪ねる

千葉県いすみ市、なだらかな丘陵と豊かな田畑の間をゆったりと流れる夷隅川の流域に、観音様の霊地として古来より信仰を集めてきた名刹・清水寺が伽藍を構えています。周囲の地形が京都の清水寺に似ており、また山上にも関わらず夏でも枯れることのない霊水で満たされる『千尋の池』があることから『清水寺』と呼ばれ、京都の清水寺や兵庫の播州清水寺とともに『日本三清水』の一つとされています。

伝教大師の志を継いだ慈覚大師が楠で千手観音様を刻み、坂上田村麻呂が大同2年(807)に堂宇を建立したことにより開創されたと伝えられている清水寺。
中世の房総半島で活躍した武士たちや坂東三十三観音霊場を巡礼する庶民たちから、時代を越えて信仰を集めてきました。 
穏やかな日差しが心地よい2月の中旬。
学生たちが清水寺を訪問し、清水寺の魅力や歴史、おまつりされている仏様について住職を務める井上周海師にご案内いただきました。

◆ユーモラスな風神様と雷神様が参拝者を見守る四天門

四天門《文政5年(1822)建立》

「ようこそお越しくださいました。早速ですが、本堂へ進みながら清水寺の境内をご案内いたしましょう。」

ご住職とともに石畳の参道を進むと、朱色に塗られた立派な建物が見えてきました。

「こちらの建物は四天門(してんもん)という建物です。その名の通り、4体の天部をおまつりしています。」

「通常、四天門というと持国天様・増長天様・多聞天様・広目天様からなる四天王様をおまつりしていることが多いのですが、清水寺の四天門には、多聞天様と広目天様がおまつりされておらず、持国天様や増長天様とともに風神様と雷神様がおまつりされています。風神様と雷神様がおまつりされている理由は、おそらく清水寺の本尊である千手観音様の眷属にあたるからだと考えられています。」

雷神像

「こちらの四天門は、江戸時代の文政5年(1822)に復興された建物です。それ以前にも四天門が建てられていたと伝えられています。」

笑っているかのように、大きく口を開け口角を上げる風神様と雷神様。
その愛くるしいお姿は、「ようこそ清水寺へ」と明るく歓迎いただいているかのようでした。
風神様と雷神様から笑顔をいただき、学生たちはご住職とともに参道を進んでいきます。

◇坂東・西国・秩父の観音様と赤穂四十七士が一同に集う百体観音堂

四天門を潜ると目の前にびっしりと千社札が貼られたお堂が見えてきました。

百体観音堂(内部)

「こちらの建物は百体観音堂といいます。清水寺は坂東三十三観音霊場の第三十二番札所としても知られていますが、こちらの中央の間には坂東三十三観音霊場・西国三十三観音霊場・秩父三十四観音霊場のそれぞれの札所の御本尊様である様々な観音様をおまつりしています。」

「当初は百体の観音様がいらっしゃったのですが、残念ながら何体か失われてしまっており、現在は八十体ほどの観音様をおまつりしています。こちらをお参りすることで坂東・西国・秩父の3つの観音霊場を巡礼したのと同じ功徳が得られるとして信仰を集めています。」

たくさんの観音様が目の前におわす圧巻の光景が広がる百体観音堂。
中央におわすひときわ大きな観音様が清水寺の御本尊様のお姿であるそう。
観音様に対する篤い信仰が感じられます。
赤穂四十七士像

「向かって右側の間には、赤穂四十七士のお像をおまつりしています。赤穂四十七士のお像をおまつりしているのは全国的に珍しいと思います。それではなぜ清水寺に赤穂四十七士のお像がおまつりされているのかといいますと、浅野内匠頭の弟である浅野大学という方が清水寺の近い千葉県の南部に領地を持っていたことから、明治の末頃、当時の清水寺の住職が赤穂四十七士の供養のために地元の仏師に彫刻させたのだそうです。」

躍動的な赤穂四十七士の姿からは、志を胸に命をとして行動した力強い信念と気迫を感じました。

◆屈指の美しさを誇る十一面観音様をまつる奥院堂

奥院堂《文化11年(1814)建立》

百体観音堂に背を向けると、色鮮やかな花々に彩られた手水舎の先に立派な建物が見えました。
奥院堂 正面

「こちらのお堂は奥院堂(おくのいんどう)と呼ばれる建物です。不思議なことに本堂の奥ではなく手前にあるのに奥院堂と呼ばれています。現在の奥院堂は、江戸時代の文化10年(1813)に本堂が焼失してしまった際の本堂の仮堂として、翌年の文化11年(1814)建てられた建物になります。」

「せっかくの機会ですから、堂内に入っていただきたいと思います。」

ご住職とともに奥院堂の堂内に入ると、中央に堂々とした立派なお厨子がありました。

「奥院堂の御本尊様は十一面観音様です。ご覧いただいてお分かりの通り、通常はお厨子の内に秘仏としておまつりしております。こちらの十一面観音様はそのお姿の美しさが有名でして、千葉県内の十一面観音様の中で最も美しいと言ってくださる方もいらっしゃいます。お厨子の扉を御開帳するのは毎年8月9日の1日のみなのですが、今回は皆さんのために特別に御開帳したいと思います。」

ご住職のお言葉に学生たちは目を輝かせ、十一面観音様との対面に胸を高鳴らせます。
ご住職により重厚なお厨子の扉が開かれると、そこには、微笑みを浮かべ、しなやかに立つ美しい十一面観音様のお姿がありました。

木造十一面観音菩薩立像《鎌倉時代/千葉県指定有形文化財》 毎年8月9日に御開帳

「こちらの十一面観音様は、鎌倉時代に寄木造で造立された観音様です。4つの腕を持つ珍しいお姿をされており、千葉県の文化財に指定されています。この特徴的なお姿の意味は不明なのですが、同じようなお姿の十一面観音様が千葉県の南部に数体おまつりされています。」
木造十一面観音菩薩立像《鎌倉時代/千葉県指定有形文化財》 毎年8月9日に御開帳

「1年に一度8月9日に御開帳するとお話ししました。この8月9日は、『四万六千日(しまんろくせんにち)』と呼ばれる日で、その名の通り、この日にお参りすると、四万六千日分の功徳が得られると伝えられています。この日には、奥院堂の十一面観音様に加えて、本堂におまつりされている御本尊様も御開帳いたします。ぜひお参りくださいね。」

十一面観音様のお姿は、造立されてから数百年経つと思えないほど美しく、また衣のゆらぎもとても自然な造形で、しばしの間、学生たちは十一面観音様のお姿に釘付けになっていました。

◆平安時代より、人びとを見守り続ける御本尊・千手観音様

奥院堂を出て、元気の良い鯉たちが泳ぐ霊水・千尋の池を通り過ぎると、人々を圧倒する大きな本堂へたどり着きました。

「こちらが清水寺の本堂です。現在の建物は、江戸時代の文化10年(1813)に焼失してしまった後に文化14年(1817)に再建された建物です。もともとは茅葺屋根の建物であったそうです。」

本堂《文化14年(1817)建立》

建物の大きさと周囲を飾る彫刻に圧倒されながら堂内に入る学生たち。
そんな学生たちを外陣に掲げられているたくさんの大きな額や絵馬がさらに圧倒します。

「外陣の天井にびっしりと掲げられている額や絵馬は、清水寺にお参りした方々が奉納したものになります。彩色豊かな絵が描かれている額や絵馬もあれば達筆な文字が記されている額や絵馬もあります」

本堂の外陣に掲げられている額や絵馬

バリエーション豊かなたくさんの額や絵馬。
そのうちのいくつかをご紹介していただきました。

「こちらは、坂東・秩父・西国の合計百の観音様の札所をお参りした方々が奉納された額になります。中央に『坂東』・『秩父』・『西国』とある隣には、『伊勢』や『善光寺』、『日光』、『金毘羅』と記されていますね。」

「坂東・秩父・西国の霊場をお参りした後に、ここに記されているような善光寺や伊勢神宮、日光山、金毘羅宮などの寺社をお参りする習わしがあります。そのため、観音霊場に加えて日本各地の様々な霊地をお参りした後、お参りした霊地の名前を記した額を奉納したのだそうです。こちらの額には、高尾山や多摩御陵、諏訪大社の名もありますね。」

「こちらの額は珍しいと思います。何が書いてあるかわかりますか?よく見ると、文字の他にうっすらと図形が描かれていますね。実は、この額には、図形の問題の内容や解き方が記されています。」

「このような額や絵馬を『算額』といって江戸時代を中心に多くの寺社に奉納されたのだそうです。こちらの算額は江戸時代の嘉永2年(1849)に奉納されたもの。ぜひ皆さんも解いてみてください。けっこう難しいとのことです(笑)。」
絵馬に魅了されながら、学生たちは内陣へと進みます。
そこには、大きく立派なお厨子を躍動的な様々な仏様が囲む、仏様の世界が広がっていました。
「本堂の中央のお厨子の内部には、清水寺の御本尊様である千手観音様をおまつりしています。御本尊様は平安時代に造立された仏様で、私たちと同じくらいの大きさとなる大きな千手観音様です。先ほど奥院堂でお話ししたように、こちらの御本尊様も毎年8月9日の四万六千日の際に御開帳となります。」

「ただ、今年は午年ですね。午年は観音様とご縁が深い年と言われており、坂東三十三観音霊場の各札所では、御本尊様の御開帳をはじめ様々な行事や催しが行われる予定です。清水寺では、通常1年に1日だけの御本尊様の御開帳を、期間を延長して行う予定です。御開帳の期間は8月9日から12月17日までを予定しています。この機会にぜひ御本尊様とのご縁を深めていただけたらと思います。」
お前立・木造千手観音菩薩立像《鎌倉時代/いすみ市指定文化財》

「お厨子の扉の前の仏様に注目してください。こちらはお前立の千手観音様です。鎌倉時代の終わり頃に造立された仏様とのことで、いすみ市の文化財に指定されています。」

「また、お厨子の左右には千手観音様の眷属である二十八部衆様をおまつりしています。躍動的なお姿が特徴で鎌倉時代の作と考えられています。残念ながら4体失われておりまして、現在合計24体、左右12体ずつおまつりしております。こちらもいすみ市の文化財に指定されています。」

「二十八部衆の前には、風神様と雷神様がおまつりされています。こちらは造立された時代は不明なのですが、前へと踏み出す力強いお姿が特徴的ですね。」

木造二十八部衆立像《鎌倉時代/いすみ市指定文化財》

木造勝軍地蔵菩薩立像

「お厨子の脇をご覧いただくと、甲冑を身にまとう仏様が左右に1体ずついらっしゃいますね。実は、こちらの2体の仏様に新発見がありました。古来より、向かって右の仏様を毘沙門天様、向かって左側の仏様を広目天様としておまつりしていたのですが、最近の調査で向かって左側の仏様が勝軍地蔵様であるということが判明いたしました。」

「毘沙門天様と勝軍地蔵様、どちらも勝負に『勝つ』仏様ですから、勝負事に打ち勝つ信仰が古来より紡がれてきたのだと思います。清水寺は平安時代の大同2年(807)に東征中の坂上田村麻呂公により創建されたと伝えられ、中世には武士たちからも信仰を集めたといいますから、武運長久の祈りの歴史を表しているのかもしれませんね。」
平安時代から人々の祈りを受け止め続ける御本尊・千手観音様。
武士たちの祈りを伝える毘沙門天様や勝軍地蔵様。
観音様を巡礼する民衆たちの祈りを表す外陣の額や絵馬。
雄大にそびえ立つ本堂からは、様々な時代を通じて清水寺が様々な方々にとっての『祈りの場』であり『心の拠所』であったことを伺うことができました。

◆坐禅止観体験と心のこもったお料理で清水寺の祈りを体感

清水寺の本堂をご案内いただいた後、本堂で座禅体験をさせていただきました。
座禅体験では、副住職を務める井上青海師より、天台宗で伝えられている坐禅止観をご教示いただきました。
「坐禅止観を行う上で大切なことが3つあります。『調身』・『調息』・『調心』といって、体を整え、呼吸を整え、心を整えていきます。それでは、実際に坐禅止観を始めていきましょう。」

ご教示いただいたように、順番に『調身』・『調息』・『調心』を実践していく学生たち。
堂内に差し込む穏やかな日の光と柔らかい風を感じながら、自分自身と向き合い、見つめ直すひと時となりました。
春の兆しを感じる穏やかな境内をご住職と巡り、学生たちは最後に四天門近くにある『寺カフェ千尋亭』を訪れました。

『寺カフェ千尋亭』は、清水寺を訪れるお参りの方々にとって癒しの場となるようにと、令和4年11月5日にオープンしたお店で、ご住職の奥様が中心となって美味しい料理や甘味をおもてなしされています。

今回の訪問の終わりに、温かなお蕎麦と大判焼きをいただく学生たち。
お出汁やお蕎麦の風味が優しく身体に染み渡り、大判焼きの大黒天様の愛くるしいお姿に自然と笑みがこぼれます。

清水寺の境内に満ちる穏やかであたたかな祈りの空間。
どんなに時代が移り変わっても、人々の心の拠所として大切に守り伝えられてきた清水寺の祈りの歴史を体感した学生たちでした。

◆参加学生の感想

今回の訪問において、平安時代に坂上田村麻呂が建立し、その後の鎌倉時代には武士から厚く信仰され、江戸時代以降は坂東三十三観音霊場の札所として庶民からの信仰を集めたという清水寺の歴史を伺い、いつの時代にも多様な人々から篤い信仰を集める寺院であったことを学びました。このことは、おまつりされている仏様やお姿からもうかがい知ることができ、感激いたしました。

立命館大学 3年
清水寺
〒299-4624 千葉県いすみ市岬町鴨根1270